HEMC Reports

2022年7月:新センター長就任 所信表明

センター長 石原 諭

 みなさん
 4月から中山先生の後任としてセンター長を拝命しました。石原です。見飽きた顔かもしれませんが、心機一転、よろしくお願いします。去る4月27日夕に所信表明としてお話しした内容をマンスリーへむくにまとめて欲しいという松山先生からのリクエストで本稿を書いています。

 この企画は、HEMCが本当に幅広い業務を担っていることを職員全体に周知する機会は多くなく、皆さんにHEMCの現状を知ってもらう良い機会になるということ、その上で正副センター長がどう考えているのかを知ってもらい、今後それについて皆さんの意見を聴きながら、HEMCをさらに盛り上げていきたいということが動機となりました。内容は全く新しいことばかりではなく、県に毎年提出している目標管理に書いていることが殆どです。みなさんも各自の年間目標を考えるに当たって参考にしてもらえば幸いです。川瀬先生には災害に関する報告をお願いしているので、まずは、平時救急の基本である臨床の現状について触れてゆきます。

 昨今コロナの影響を大きく受けている搬入件数(図1)から見ていきましょう。
 兵庫県内の搬送困難症例(現場滞在30分以上又は応需不可5件以上)を表す兵庫県EMISの個別搬送要請件数は、例年200から300程度で推移していたのですが、ダイヤモンドプリンセス事案が発生した2020年は861件、2021年は1〜3月のみで951件と爆発的に増加し、いかに深刻なものかがわかります。地域での申し合わせにより基本的には非コロナ医療機関であるHEMCにもその余波は押し寄せており、例年1100件前後で推移していた搬入依頼が2020年度は1400件、2021年度は1600件を超えました。頑張って応需してもらったものの、2021年度は2020年度とほぼ同じくらいの1099例でした。これはつまり今のHEMCが応需できる限界が年間1100件程度であることを示しています。

 今後もこの数で良いと思うか、増やすべきかということを考える必要があると思います。

図2は新規患者数の推移を示しています。これは年度ではなく1月から12月までの年間数で宿泊療養患者数も含んでいるのですが、2021年は前年比200例以上増加の1428例と過去最高を記録しており、HEMCの奮闘ぶりがよく理解できると思います。

図3は病床利用率・平均在院日数です。2020年コロナ以降の利用率が下がっているのは、早期転院を精力的に目指し、平均在院日数が短縮した結果と考えており、2015年からの6年間で約4日の短縮は驚異的です。ただ、あまりに早期転院を焦りすぎた結果、利用率が下がってしまったのは少しやりすぎであったと推量され、これは我々運営側の舵取りが適切とは言えなかった結果で、真摯に反省すべきと考えています。


図4は手術件数・入院単価の推移です。手術件数は一時減少傾向でしたが、コロナ前の2019年から増加し、高額手術の件数も増加。その結果、入院単価を押し上げることになりました。2014年と比較して総件数が変わらないのに単価が上がったのは診療報酬改定や請求漏れが少なくなったこと等が要因としてあげられます。

さて、施設のアクティビティーを上げるためにはマンパワーの充実が必須であることは論を待たないでしょう。医師看護師以外の職員数はほぼ変化ないので、両者を取り上げてみてみると、医師数のカウントは結構難しく、特に専門医機構の新専攻医プログラムが始まってからは数カ月以内の短期ローテートが増え、年間を通しての数を算定することができません。救急部と整形外科の通年で所属した人数は2016年以降微増(15→18名)ですが、4月の新入職者は5→9名と倍増しており、その多くは専攻医です。つまり短期ローテート者を勘案すると所属人数は増加していると言えます。

一方看護師数はある程度把握可能で、その推移を図5に示します。青で示した左側の棒グラフはその年度4月の新入職員数でカッコ内は他の県立病院等からの長期研修者数、右側橙色が同じく4月に前年度から在籍している既入職者数、括弧内は産休者数等を示しています。年によって離職者数は大きく変動しており、離職者数に応じて新入職者数を決め、毎年度当初は100名程度の人数を維持しています。新人教育にかかる負担等の問題から新規入職者数には限りがあるので、離職者をできるだけ少なくして少しずつ数を増やしてゆくことが求められていると解釈しています。

人員増には経営的背景が大きく影響します。図6に給与の総額と診療による収益に対する給与費の割合、つまり医業収益比の推移を示します。先に述べたように、看護師数は一定で医師数は増加していますが、給与総額はあまり伸びておらず、医業収益に対する比率はむしろ下がっています。これは、人員の若返り(ベテランから若手へのシフト)と医業収益の伸びによる結果です。

さらに図7に示した全体収支(棒グラフは総額、折れ線は収支で、総額と収支の縦軸スケールは異なります)は2016年に一時落ち込んだものの、2019年からは3年連続で黒字化に成功しています。これは職員一丸となった努力の賜物で、皆さんに感謝すると共に、非コロナの重症患者の最後の砦となるという方針が間違っていなかったこと、今後HEMCにおける一層の人員拡充が可能であることを確信しました。

ここからは診療の質に関する報告です。

HEMC職員であれば、センターの診療上の特長がHybrid ER を活用した外傷診療と、CPAに対するECPR・引き続き施行される体温管理療法(TTM)であることを知らない人はいないと思います。

図8 外傷診療実績

図8に外傷診療実績の推移を示します。

外傷はコンスタントに年四百例以上の搬入があり、それは全体の4割から5割に達しており、うちほぼ半数はISS16以上の重症です。2020年からはコロナの影響を受け、内因の割合が多くなっていますが、2019年以降、特に2021年はISS未入力症例が多いので、このデータは速報値と考えてください。AIS3点以上の症例は全て日本外傷データバンク(JTDB)に登録しており、中でもISS 16以上の重症例が継続して200以上あるという施設は日本でも指折りです。JTDB の集計結果が公開されていた2012年、全死亡36例のうち予測外死亡、すなわち予測生存率Ps≧0.5であったが死亡した症例が7例、うち重症頭部外傷と高齢者を除いた修正予測外死亡が3例でした。これはJTDBに5名以上死亡登録した73施設中2番目に避けられた外傷死preventable trauma deathが少ない施設として記録されており、大変誇らしかったのですが、2021年において同様の検討をしてみました。その結果、年間外傷症例は541例で、平均ISS 15.9、全死亡症例は50以上ありましたが、予測外死亡14例、修正予測外死亡6例と10年前と遜色ない成績であり、予測外生存(Ps<0.5の超重症例で救命できた症例)が9例ありました。2019年には%TBSA 94のlethal burnを救命できたのは記憶に新しいところですが、これは依然高い診療レベルにあると胸を張って良いと思います。

次にECPRをレビューします。転帰の年次的推移を図9に示しました。開設時から開始したECPRは2012年以降毎年20例以上に実施しており、コロナの影響で2020年以降は症例数が減少しましたが、社会復帰例の割合はむしろ増加しています。適応症例の選別と手技の安定化がその要因と考えますが、図10に示すように累積症例は200例を超え、この数は世界的に見ても屈指の施設と思われます。社会復帰例の割合は約30%で、これは一般的なCPRの成績(目撃のあるVT/VF)約9%の3倍です。この結果は体温管理療法と共にHEMCを基幹とした多施設研究をはじめとして世界中に発信されており、救急隊のプロトコールのみならず、国際標準の蘇生ガイドラインを塗り替えつつあります。

これら救命を目的とした先進医療のみならず、移植に関わる貢献も職員に知ってもらいたい臨床トピックです。表1に示したように2007年から2021年の15年間に、心停止下8例、脳死下11例合計17例の臓器提供を行っています。今は診療報酬上の問題がクリアされ、主治医の事務負担も軽減されつつありますが、依然手術室問題など施設運用上の問題があるにもかかわらず、1年に一例以上の症例を経験し、2020年以降もコロナ禍の下で提供症例があったことは、患者さんのニーズを積極的に把握して、可能な限りそれに応える努力をするというHEMC職員の心意気によるものでしょう。

一方、目を病院前に転じて、プレホスピタルへの出動件数の推移を図11に示しました

ドクターカーは全例応需しているので、消防からの依頼件数が減少傾向にあります。これは救命士の特定行為が拡大されたことや、医療が関わった場合に現場滞在時間が延長し、決定的治療が遅れることが報告されるようになってきたことによると考えられますが、ヘリ要請が設立当初と比較して多くなっており、病院前医療の重要性が社会に認知されて騒音等の問題に地域住民の方々が理解していただけるようになったことの結果と推定します。ちなみに中央市民病院のHPによると、2020年のカー出動は約100件、ヘリ受け入れ40件。一方千里救命は月間200件のコールがあり半数がキャンセル、月100件の症例中、半数弱はCPAのようです。施設によって随分考え方に差がありますね。

これらプレホスピタルの活動の延長としてMedical Control協議会への貢献が挙げられます。中山前センター長は兵庫県と神戸市のMC協議会長を継続されており、当センターからは兵庫県、神戸市、阪神、東播磨協議会に委員等として参画、昨年度からは海上保安庁のMCにも関与しています。平素から救命士研修や各種委員会、消防学校講師として救急隊の教育には深く関わっており、特にHEMCの院内研修は救命士の皆さんから好評を博しており、広く全県からの研修依頼を受けています。これに加えて今年度からは病院救命士の採用、指導救命士更新研修などの新たな活動も開始しますので、ご協力をお願いします。

災害医療の司令塔となるためには、平時から病院前での連携は勿論のこと、近隣病院との協力体制が大切です。隣接する神戸赤十字病院、市内県内の救命センター、県内災害拠点病院のみならず、全国の基幹救急医療機関・災害拠点病院、さらには大学や研究機関、救急専門医養成プログラム連携施設との交流を全方位外交として推進します。特にHEMCは行政機関との密接な関係作りが求められており、兵庫県庁内の病院局、医務課、消防防災課に加え、今後は神戸市の関係部署とも顔の見える関係を築いてゆくつもりです。

このように広範な施設との交流を深める上で、HEMCの業務に関わる多職種の教育研修に関わることは顔の見える関係を構築するために非常に有用です。現在院内スタッフが運営の中心メンバーとして関与している教育プログラムは、思いつくだけでもICLS、JPTEC、JATEC、FRST、DSTC、献体外傷手技セミナー、DMAT、MIMMS、MCLS、MC従事医師研修、兵庫県救急医養成プログラム、病院局(新人)災害医療研修、(指導)救命士養成、救命士生涯研修など枚挙にいとまがなく、どのコースでも施設・職種を超えた横の繋がりが作られつつあります。また最近は救急に関わる多職種の専門性の確立と地位向上を目標として、医師の専門医制度と同様に救急集中治療領域の特定専門看護師、救急専門のMSW、放射線技師、検査技師、薬剤師などの資格が設定され、今後これらの資格認定者をますます充実させてゆく必要があると思われます。

人材育成のための教育研修を行う上で、学会発表や論文執筆などの情報発信は欠かせません。図12にHEMCからの学会発表数の推移を示します。2018年はHEMCがアジア太平洋災害医学会APCDMを主催したこともあり年間発表件数が百件を超え、うち約4分の1が英語での発表になりました。2020年は日本災害医学会を主催した年で、この年以降コロナの影響で件数自体は半減しましたが、図13に示した論文出版数は、ECPRなどの診療報告を中心に2015年以降着実に増加し、2020年からは英語論文に対する院内助成の成果もあって、半数は英文の国際誌に掲載されました。今後は院内委員会報告など内輪の発表を外向きに転換して情報発信の機会を増やしたり、学術活動に参加しやすい環境作りなどの努力目標が考えられます。

ここまで各領域の成果を中心に見てきましたが、解決すべき課題がないわけではありません。診療機器の老朽化と更新遅延、当直室不足や医局・看護スタッフ用の机不足、狭隘化によるリハビリテーション等のスペース確保、ほとんど存在しなくなった独立型救命センターに課される診療報酬上の諸問題など、難問は山積みされています。ただ、HEMCは一般の病院とは異なる特殊な使命が期待されており、その目標を達成し更なる飛躍を図るためには、専門性を持った多職種にわたる人材の育成・確保が必須です。現在の経営状況からすると、HEMCの医療経済的にはそれが可能であることが今回の検討で示されたと考えています。皆さんも医療人を育成するためには、直接診療に関わる時間に加えて研修や学術活動に膨大な時間と資源を注ぎ込む必要があることを認知していただきたいと思います。

最後に全職員が同じ方向を向いて頑張ってゆくために理解していただきたい三つのキーワードを伝えます。私はある程度歳を取ってから(40才くらいかな)は、良い職場環境を構築するためのキーワードとして2つのことを自らのモットーとしてきました。

一つは Liberal & Academicです。個人のスキル向上には、職場での切磋琢磨が必要で、そのためには先輩後輩関係なく、礼節をわきまえた上でお互いに言いたいことを言い合える建設的な議論が必須です。現在HEMCの雰囲気は率直な意見交換の場として決して悪くないとは思いますが、自分はセンター長になっても、この良い環境を維持したい、できるだけ皆さんに近い存在でいたいと思っていますので、肩書きではなく今まで通り「石原せんせ」と名前で呼んでもらえると喜びます。

二つ目はfrom Bench to Bedsideです。これは最初の項目と密接に関連していますが、診療の質向上を目指して新しい知見を作ってゆくためには、個々の症例を深く掘り下げたり、臨床研究を実践することが重要で、そのための時間を確保したり経済的裏付けを獲得するために研究助成の申請、大学・研究機関との人的交流を進めます。また職場アメニティを充実させることも必要でしょう。HEMCは来年成人式を迎えますが、二十周年記念誌を作ることは過去の歴史と業績を客観的に振り返るための一つの材料になると考えています。広報委員会に編集をお願いすることになると思いますが、全職員で協力してくださいね。

三つ目は、最近チームワークについて勉強した際に新たに加わった重要なキーワードで、フォロワーシップという言葉です。リーダーシップを聞いたことがない人はいないと思いますが、フォロワーシップはどうでしょうか?フォロワーシップとは、チームの活動成果を最大にするために、自律的かつ主体的にリーダーや他メンバーに働きかけ支援することを言います。これは30年前に英国の社会科学者Robert E. Kelly教授が提唱した概念で、彼はその著書The Power of Followership(1992/4)の中で、組織が出す結果に対してリーダーが及ぼす影響は1〜2割しかなく、フォロワーシップが及ぼす力は8〜9割にものぼると述べています。彼は、フォロワーには批判はするが自らは実行しない評論家的なパターンや、リーダーの決定や指示に従順に従うばかりの「指示待ち人間」「イエスマン」タイプ、自分の意見もなく組織への貢献のための行動もしないなど5つの類型があり、チームが高いパフォーマンスを発揮できるためには、チームメンバーのうち、単なる批判ではなく建設的な提言をリーダーに行いながら組織に貢献することができる理想的なフォロワーがどのくらいいるのかが鍵であるとも述べています。

図14に示すように、フォロワーシップは、リーダーを含めてチーム全員に求められるものです。役職や立場に関係なく、状況次第でリーダーがフォロワーとなり、リーダーシップを発揮しているメンバーに対して、健全な批判をしたり、提言したりすることもありますし、メンバー同士がお互いのフォロワーになることもあります。どのような場合でも各メンバーがフォロワーシップを発揮するために必要な概念は、自分がフォローしようとする人が組織のために何を考えてどうしたいのかということを慮ることです。英語ではSympathyという用語が使われていますが、日本語の共感という訳は少し意味が狭いような気がしますし、忖度は最近良くない意味合いで使われることが多いので、敢えて思いやりという言葉をあてる事にしました。みなさんの一人一人が、思いやりを持って模範的フォロワーシップを発揮することができれば、私のようなボンクラリーダーでも、チームワーク力は抜群に発揮されること間違いなしです。全員一丸となってHEMC20周年を心からお祝いできるようにもり立てて行きましょう!


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