事業課 菊池 悠
1 はじめに
まず、簡単に前編を振り返ります。令和2年4月から神戸市消防局の職務研究の制度を活用し、「感染拡大防止のための救急車の換気に関する研究」を開始しました。当初政令市消防本部へのアンケートをメインに考えていましたが、研究が進む中で、理化学研究所やTCD(トヨタカスタマイジング&ディベロップメント)と連携し富岳を用いたシミュレーションをさせていただけることになり、東京工業大学との実車実験も実施し、WEB会議を重ねて令和3年3月4日に理化学研究所からの記者発表に至りました。
2 富岳によるシミュレーション結果の発信
研究の結果は、理化学研究所の記者発表会で坪○教授が発信しました。「マスクによる感染予防について」、「ソーシャルディスタンス再考」のほかに路線バスや飲食店における飛沫感染リスク評価など、社会的影響が大きな報告が続いた後、私の「救急車におけるリスク評価と対策について」の報告が始まりました。私も質問対応のため、緊張しつつWEBで参加しておりました。
その時の主な発信内容は、次のとおりです。
- マスクをすることは効果的である。
- エアコンの茎はエアロゾルをより早く薄める拡散効果とより早く車外に排出する効果があり、常に外気導入モードで作動することが望ましい。
- 傷病者の飛沫は、1分後には換気扇のみでは1/3程度、これにフロントエアコン作動で1/5程度、これに更にマスクをすることで1/15程度まで減少する。
- 運転席と後部座席を仕切るカーテンは、後部からのエアロゾルの侵入を効果的に防止できる。
- 患者を覆うカーテンは、エアロゾルの車内拡散を防ぐのに効果的。特にカーテン内に換気扇を入れるようにするとエアロゾルは効果的に排出される。ただし、エアコンの風が入りにくくなるのでより長時間エアロゾルは滞留する。
- 救急車はエアコンと換気扇の併用で、高い換気性能が発揮される(3分で車内容積と同程度の新鮮空気を取り込む。一般オフィス並みの換気)。窓を開けると換気量は約3倍まで増える(40KM/H走行)。
https://www.riken.jp/pr/news/2021/20210308_1/index.html
3 研究の終了
研究の結果から、計算上ではありますが、現状の救急車でも適切な換気方法に設定すれば一般オフィスレベルの換気ができていることが判明し、咳嗽により発生する飛沫の広がり方、コントロールの方法と漏れ出る飛沫をどの様にすれば排出できるかが、ある程度理解できました。その結果、未来の救急車という抜本的対策の必要性は低いと判断し、様々な状況を総合的に判断し新たな研究は令和2年度末で終了し令和3年度は発信に専念することにしました。
4 研究結果の発信
研究結果については、全国消防長会の広報誌で発信した後に、日本災害医学会、日本臨床救急医学会、全国救急隊員シンポジウムでの学会発表、雑誌プレホスピタルケアでの連載や全国消防長会・兵庫県下消防長会での各消防機関への報告を行いました。総括として総務省消防庁が主催する消防防災科学技術賞へエントリーし優秀賞を受賞、日本消防技術者会議での報告もさせていただきました。
関係団体への発信は概ねできましたが、論文化については残念ながら力不足(時間不足)のため断念しました。
ここで発信した内容としては、坪○教授が発信した「富岳のシミュレーションに関する内容」に「アンケート結果」、「実車実験」、「現場の声」を加えた内容であり、現場における対策として上記の坪○教授の発表内容に加え次の内容を追記しました。
- 事案間の換気目安(約3分)
- 人数制限
それから、私の発信ではありませんが、坪○教授がゴードン・ベル特別賞を授賞されました。この賞は、スパコン界のノーベル賞やアカデミー賞と言われるとても栄誉ある賞です。室内空間における新型コロナウイルスの飛沫に関する一連のシミュレーションが世界的に高く評価されたということと理解しています。この時のプレゼンスライドの一部に小さいですが救急車の画像と神戸市消防局の名前を入れていただいておりました。発見した時、涙が出るほど嬉しかったことを覚えています。
5 終わりに
今回、新型コロナウイルス感染症という未曾有の災害を受け、自ら考え行動し、比較的早期に研究結果を全国発信できたことは、救急隊のコロナ対策において一定の効果があったのではと考えております。また、一連のやりとりは私にとって素晴らしい勉強、経験となりました。
全国の消防本部から新型コロナウイルスへの換気(エアロゾル)対策の参考にしていると言う声もいただき、研究成果としても有意義なものになったと自己満足しております。ですが、本研究は一定条件における換気の状況を示したもので、断片を切り取ったに過ぎないと考えております。今後、本研究を参考にした新たな研究や対策が出てくることを強く期待します。
最後に、共同研究として篤いご協力をいただいた理化学研究所の皆様、トヨタ自動車・トヨタ車体・TCDの皆様、東京工業大学の皆様、更には本研究発信を温かく見守っていただいた兵庫県災害医療センターの皆様、また共に走り続けてくれた神戸市医療産業都市部の皆様、有馬出張所の皆様、北消防署の皆様、救急課・総務課の皆様にこころより感謝申し上げます。