HEMC Reports

マンスリーへむく ―現場の声―:2022年2月

「感染拡大防止のための救急車の換気に関する研究」(前編)

事業課 菊池 悠

1 はじめに

 みだしの研究に関する全体像について裏話を含め投稿させていただきます。
令和2年4月、私が神戸市消防局の有馬出張所消防担当係長の頃、新型コロナウイルス感染症が拡大し、最前線で対応しなければならない救急隊員は強い不安を感じていました。特に高齢の隊員は感染すると死ぬかもしれないという恐怖感を強く訴えており、私にも何かできることはないかと考え始めました。
 ちょうどその頃、日本にもZoomというものが入ってきて、遠くの人とも会議ができるということで、PittsburghでParamedicとして活動している友人や全国の救急隊員、救急医等を交えZoomでコロナ対応に関する情報交換会を開催しました。当時Pittsburghにいた西〇副部長も海外から参加してくれたことを覚えています。話の中で、アメリカと日本、そして全国の救急隊で救急車内の換気に関する考え方が異なる点が気になり、後に少し調べたところ、国通知などでは救急車の換気に関する具体的な方針は示されておらず、各消防本部が独自の対策をとっている状況と考えられました。そこで、令和2年度の職務研究のテーマとして、救急車の換気方法について調べることにしました。

2 研究開始

 令和2年5月、有馬出張所の皆さんの協力を得て消防局内の職務研究としてスタートしました。内容として当初は全国の政令市消防本部および東京消防庁へアンケート調査を実施、蚊取り線香で空気の流れを可視化し対策を考えようと。アンケートの結果では案の定、換気方法はバラバラという結果を得て、対策を考えようと救急車内で蚊取り線香を焚いてみましたが正直わかりにくい。さあ困ったと頭を悩ませていたころ、Facebookに富岳での電車の換気に関するシミュレーション動画が理化学研究所からあがっているのを発見し、強い衝撃を受けると共に「私のやりたかったことはこれだ!この技術を応用すれば救急車の換気も絶対に可視化できるはず!」と考え始めました。更には、「これは早い者勝ちになるのではないか!」とも考え、即行動が必要と考えました。
 翌日職場へ行き、メンバーに富岳で研究をやろうと提案したところ、「そんなことできるはずがない、そもそもお金がない」と失笑を買いましたが諦めきれず、聞くのはタダだから聞かせてくれと伝え、その日のうちに医療産業都市関係の知り合いに長文メールを送りました。内容を簡単に記載すると「今、救急隊は新型コロナウイルス感染症の大きなリスクの最前線で戦っており、患者は自分が罹患しているかわからずに救急車を活用する。救急隊に感染が拡がり消防署がクラスターになれば、救急のみならず消防のインフラが崩れ安全・安心が保てなくなる。お金はありませんが換気の研究に協力してください。」といったかなり無茶な内容でした。するとその知り合いは、理化学研究所を管轄している担当課長につないでくださり、その課長が理化学研究所の窓口につないでくださり、何人かにプレゼンを繰り返した後に最終的に研究リーダーである坪〇教授(神戸大学/理化学研究所)へたどり着きました。実は神戸市と理化学研究所は共同研究に関する協定を結んでいたのですが、実施例がまだなく共同研究の第1号になるとのことで神戸市側の担当者も背中を押してくれました。緊張しまくりのWeb会議の中で坪〇教授から「やってもいいですよ。ただし、救急車のCAD(コンピュータを用いての設計)データを用意してください。」と言われ会議は終了。その時の感動は忘れられません。
 次にやるべきことは救急車のCADデータの入手。CADデータを揃えると富岳でのシミュレーションができるという事で、いつも救急車でお世話になっているTCD(トヨタカスタマイジング&ディベロップメント)に電話で連絡、事情を説明しCADデータの提供もしくは共同研究をお願いできないか内部検討をお願いしました。一度、話を聞いてくれるとの回答をいただき、何とか理研、TCD、神戸消防 菊池での3者Web会議が実現、会議の中で坪〇先生からも説得いただきTCDから研究への協力に関する了承をいただきました。
 そして、8月頃から動き出します。理化学研究所と秘密保持契約を締結し文部科学省に富岳使用の許可を得ていただきました。TCD側もCADデータを抽出するために体制を強化するとのことで、消防局長に状況を報告し研究の支援をしてもらえることになりました。

3 シミュレーション結果と実車実験

 毎月2回程度Web会議を開催し、CADデータやシミュレーションの進捗確認、何を見たいのか、何をする必要があるかなど様々な検討を行いました。シミュレーションは富岳を使用しても1パターン数週間かかることもありました。1月頃、ある程度シミュレーションができてきた時点でシミュレーション結果が妥当かどうか実車実験を実施した方が良いという提案をいただき、東京工業大学K教授の協力を得てCO2を用いた実験を行いました。

 CADデータも実車実験も私がいた有馬出張所の救急車を使用しました。なお、K教授は新型コロナにおける厚生労働省の換気の基準にも関与した先生で室内空間の換気のスペシャリストです。救急車内にCO2を一定濃度(5000ppm程度)までまんべんなく満たし、窓開けや換気扇使用、エアコン使用など約10パターンで一般大気レベルである500ppm程度まで減少する時間を計測しました。そして、K教授によりCO2の減少にかかる時間から換気量を算出してもらいました。また、車内でスモークマシンを焚き煙がどう動き、どこから漏れるか等も確認しました。

 その結果はシミュレーション結果ともある程度相関しており、期待通りの結果となりました。これでシミュレーションの妥当性を証明できました。それから、換気量に関する非常に貴重なデータもたくさん得ることができました。実施するまであまり考えていませんでしたが、そもそも救急車内でのCO2を用いた換気実験も本邦初のはずです。

 少しでも早く研究結果を世に出したいという思いがありましたが、富岳は当然、我々の研究以外にも様々なシミュレーションに使用されており、順番待ちというかなかなか思うように進みませんでした。その頃坪〇教授が同時進行で研究していたのは、二重マスクのシミュレーションや飲食店での換気シミュレ
ーション、ソーシャルディスタンスのシミュレーション(歩行中の飛沫拡散)など社会的影響力が大きいものばかりでしたので、あまり一般受けしない救急車の研究の優先度が低いのも頷けます。色々なパターンをやりたいこちらの思いと、富岳でしか求められないモノに使うべきという理化学研究所側の思いと、様々なディスカッション、葛藤がありました。そのシミュレーションに富岳を使用する価値がありますか、何億もかける価値がありますかと言われることもあり、この言葉は非常に重たく私にのしかかりました。
 ですが、何とか令和3年3月にプレス発表し研究結果を全国に発信することができました。比較的早期に救急車の換気に関する研究結果を示すことができたのは、大きな意味があったと感じております。また、総務省消防庁のコロナ研究に関する予算が令和3年度からでしたので令和2年度中に先行して結果を示すことができたことは大きな意味があったと感じています。

 ここで前編は終了。研究結果とその発信については次回ご報告させていただきます。


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