マンスリーへむく ―現場の声―:2021年7月

マンスリーへむく ―現場の声―:2021年7月

当センターの臓器提供を回顧する 〜厚労省の表彰をうけて~

院内移植コーディネーターより

 2021年3月末、当センターが臓器提供の業績が認められ厚生労働省から表彰を受けました。
「なぜ今頃?」と戸惑いは、「貰えるものは貰っとけ!」というセンター長の尊い関西根性で吹き飛びました。

 では、皆さんは当センターと移植医療の関わりをご存じですか?

 はじめに、脳死下臓器提供はどの医療機関でもできるわけではありません。提供可能な施設は以下5種類のいずれかであり、5類型施設と呼ばれています。

 当センターはもちろんのこと、神戸赤十字病院も認定されています。
 大事な事は、提供を目的とした患者の転院は認められておりません。そのため脳死判定を目的のために日赤から当センターへの転院はできません。もちろん他院からも同じです。神戸日赤に入院患者の脳死判定は神戸日赤で行わないといけないのです。
 さらに意外と知られていませんが、日本で唯一災害医療センターにだけ認められていることがあります。それは、脳死判定後の摘出手術を目的としたドナーの移動です。(実際に全国規模の研修会では兵庫県災害医療センターだけに該当する事項、との説明があります。)すごいでしょ?

当センターは開院の2004年5月1日から現在まで17件の臓器・組織提供がありました。さらに神戸赤十字病院においても1件脳死下の臓器提供がありました。2014年からは脳死下提供は凡そ年1回ほどあります。
 2019年度はオプション提示(患者家族への臓器提供のお話)が年14件あり、内4件が提供まで至りました。
 提供数は日本1位!とはいきませんが、兵庫県下では断トツ1位です。
 兵庫県下の提供施設として頭角を表してきたのは2014年からです。そこには先人たちの大変な情熱と苦労がありました。

 中山現センター長の号令の下、臓器移植ネットワークの「院内体制整備支援事業」に参加し、当センターの改革が始まりました。目標として掲げたのは、主治医を含めた関係者の負担軽減、事務職の介入、役割分担の明確化、移植コーディネーター交代や不在時においても問題ない提供体制の確立です。具体的には臓器移植ワーキンググループの発足、マニュアル改定、年2回の研修会開催、職員の意識改革でした。また兵庫県下の医療機関の意識改革を行うべく多数の講演も致しました。
 改革が始まってまもなくは看護部、総務課、検査課を始め、様々なスタッフにより支えられ何とか1例1例を達成していきました。まだ完璧であるとは思いませんが、提供毎に改定され、今では他で羨まれるほど洗練された内容になっています。

 なぜしんどい思いをしてまで移植医療をしないといけないのか、目の前の患者を助けられない悔しさはないのか、家族がつらい時にさらに追い打ちのかけるのではないか、これは死を目の当たりにした医療スタッフであれば皆考える事です。
 臓器提供に深く触れるうちに、我々が行っている臓器提供は決してレシピエントの為だけではないことに気づきました。患者とその家族の為なのです。
 大事な家族が助からないという事実を知ったとき、悲しみ、怒り、悔しさ、あるいは攻撃性をもって我々にぶつけてくることがあります。しかし、それらは決して我々に対する恨みではありません。すべての根源にあるものは、何もできない無力感と絶望です。実は、本人が提供を望んでいたら?体の一部でもまだ生きたいと思っていたら?体の一部でもどこかで生き続ける事ができたら? 悲しみの深層にいる家族に提供の道を気付かせてあげる事、それがオプション提示です。災害医療センターの職員は臓器提供が最期に残された唯一の希望であるという事を知ってほしいと切実に思います。
 残念ながら全国的に、オプション提示をすることで家族を悲しませる、とても話せる雰囲気でない、など、医療従事者の思い込みが家族の希望を摘む行為になっているという事実が問題となっています。オプション提示の仕方が分からない、というのは、提供が家族の希望になる、という概念が浸透していないことを意味していると言えます。
 過去の当センターの死亡患者を振り返りますと、悲しい事に、適切にオプション提示を行ってきた医師と、適応があるのに行ってこなかった医師がはっきりと分かれていました。他施設に大口をたたいてオプション提示の重要性を演説していたことが恥ずかしく、改めて災害医療センター内の意識改革の必要性を感じました。

 とある尊敬する救急医が言いました。移植医療に関わらない救急医は2流以下だと。(口調でわかりますよね?) 今はその言葉の意味がとてもよくわかります。これだけ頑張っても、当センターの改革はやっと5合目くらい到達したかどうか。過去の国内を見る限り移植医療への介入は年寄りにはまず無理です。我々移植コーディネーターも体力的にいつまで続けられるか分かりません。基盤は作りましたので、若い力が立ち上がり、災害医療センターひいては兵庫県・全国の移植医療を支えてくれることを願っています。