マンスリーへむく ―現場の声―:2020年3月

マンスリーへむく ―現場の声―:2020年3月

第25回日本災害医学会総会・学術集会

センター長 中山 伸一

 まさに災害モードでの開催を余儀なくされた学術集会となった。例の新型コロナ(COVID-19) の感染が社会問題となってきた、まさにその波をモロにかぶってしまったからである。直前に迫られた選択肢は3つ。

  • 案1:学術会議開催そのものを中止
  • 案2:部分的縮小で開催。つまり、案3に加え、二次感染を誘発する可能性のあるセッションやイベントなどを中止
  • 案3:予定通り開催。ただし、感染対策にできる限り留意する

 阪神・淡路大震災から25年を迎える年に神戸で開催される記念大会とも言える第25回日本災害医学会学術集会。この1年半、被災地ならではの企画案を練りに練って開催にこぎつけた学術会議である。おいそれと中止などできるはずもない。と言って、もしこの集まりが契機となって感染を広げてしまったら
 当時、神戸市ではまだ感染者の報告はゼロ。しかも、学会員の中にはあのダイヤモンド・プリンセス号内で活動したものもいる!こんな時だからこそ開催せねばならないという確信があるとはいえ、医学界の集会から感染を広げることだけは何としても防がなくてはならなかった。
 2/15、つまり開催初日の5日前、そして大会前日の2/19の2回にわたり、3つの選択肢を日本災害医学会理事会の協議にかけた。膨れ上がった開催予算のキャンセルフィーが頭をよぎったが、それは議論から外し、医学的見地に立っての議論をお願いした。もう一度やれと言われても、とてもそのエネルギーは無いのだったが。幸い、全面中止の意見1名を除いて、他の理事は全員案2を支持してくれた。イベント中止の対象とは、学術集会前日の拡大プログラム委員会(コンチェルトでのディナークルーズ)と2/21の会員懇親会(ポートピアホテル)等々である。たかが宴会というなかれ!よくある宴会と雰囲気の違う被災地ならではの趣向を凝らしていただけに、企画者としては残念至極であったが致し方ない。とにかく、こんな時だからこそこの学術会議は開催すべきだという主張を認めてくれたのだから...

 そうして、HP上で該当者への参加自粛を呼びかけ、受付で参加者のチェックを行うなどしてようやく開催にこぎつけたものの、海外招待者の辞退、参加不能となった座長や発表予定者が続出。とても大会事務局だけではプログラム変更しきれないことは明らかであったので、参加可能な座長の協力を呼びかけた上で、大会事務局で連日の再調整を行って何とかしのいだのだった。誰からも文句やできないといった弱音は帰ってこなかった。災害医療に携わる者たちの対応能力を垣間見た瞬間であった。
 てなことで、プログラムは穴開きだらけに陥った。しかし、例えば穴の開いた最終日朝9時からのセッションには、新潟大学保健学分野の齋藤玲子教授に急遽来ていただき、緊急特別講演「新型コロナウイルス感染症:今日本で起こっていること」と題した緊急企画を開催した。

 会場は満員の聴衆であふれ、COVID-19への関心の高さを物語っていた。そのほかのセッションも、穴が開いたことを逆手にとり、時間を充分取ってのディスカッションが活発に行われたとのこと。どの会場もいっぱいで賑わっていたことがありがたかった。

 学術集会最後を飾る「ひょうご災害医療フォーラム」も、打ち合わせの時間が十分取れず、ぶっつけ本番での突入を余儀なくされ、進行役の私はしどろもどろに陥ったが、もう一人の司会担当の大牟田さん(毎日放送)とパネリスト5人の皆さんのご協力で乗り切り、最後は臼井真氏の指揮、神戸市立高羽小学校「幸せを運ぶ合唱団」による「しあわせ運べるように」を一般市民の方々にもお届けし、聴衆も一緒に歌って涙の中に締めくくることができたのだった。

 一番残念だったことは、「これでいいのか、災害医療!」と題して挑んだこの学術集会での議論を、一番聞かせたかった連中と一番意見を言わせてやりたかった連中が共に参加できなかったことである。ただ、あれから二週間が経過した今思うと、あと数日この学会が遅かったら全面中止を余儀なくされていたに違いなく、それを考えればとにかく開催できたことだけでも幸運であったとせねばなるまい。そして、嵐の吹く中終わってみれば、学術集会に参加できなかったものが200名以上はいたに違いない状況下にもかかわらず、これまでの最高である2,489人が参加してくれていたのだった。

 小生にとっても、一世一代の大仕事をプロデュースすべく心血を注いだこの学術会議。運営に携わってくれた兵庫県災害医療センター、神戸赤十字病院職員の面々、そしてこれまた学会の間大変忙しかったセンターを守ってくれた仲間たちに、心から感謝していること、この紙面を借りて御礼申し上げたい!そして、この学会を通じて発信しようとしたことを私たち自身も胸に刻んでこれからも進んで欲しい。


次回は東京 2021年3月15~17日