マンスリーへむく ―現場の声―:2016年5月

マンスリーへむく ―現場の声―:2016年5月

熊本派遣DMAT1次隊としての活動報告

                           ICU 得能 優子

今回DMAT熊本派遣の第1次隊として初めて災害派遣に行かせていただきました。最初の地震で待機命令が出て自宅待機していましたが、当センターからの派遣は一旦見送りとなり、少し気がゆるんでいましたが、また深夜に地震がありました。その日は日勤予定でまだ寝ていたところに、看護部長から電話があり「今日から行ける?」と連絡がありました。本当にこういう場合、急に決まるんだと実感しました。派遣の資器材準備は初療のスタッフがほとんどしていてくれており助かりました。DMATカーで熊本まで、ロジスティックと先生が運転を交代しながら8時間以上かけて熊本の県境まで来ましたが、結局日没になり道路状況も危ないとのことで、熊本県境の福岡に宿泊し次の早朝に出て参集場所に到着しました。九州に入ってからがかなりの渋滞でした。センター出発から8時間以上かかりましたが、長時間の移動の間もDMATカー内ではテレビニュースによる地震・被害の情報収集、EMISによる情報収集(随時更新される掲示板、本部からの情報/動き・他のチームの動き等)休んでいる暇はありませんでした。

次の早朝参集場所には到着すると既に100チーム以上が集まっていました。すこし混乱している状態で、本部からの指示待ちで待機しているチームがかなり多く溢れかえっていました。

私たちのチームには本部のミッションが与えられました。本部に行くとかなり混乱しているような状態でした。川瀬先生から、「情報収集して手の足りていないところに補助役として入っていこう」、といわれましたが、どこに入ればいいのか最初はかなり戸惑いました。結局チーム管理・資器材管理の部門に人が足りていないとのことでしたが、何から手伝っていいものやら戸惑っていたところを川瀬先生と鎌本さんが上手く足りない部分を見つけ出し、中に入っていくのを見てやはりすごいな、と感動しました。

同じ看護師の鎌本さんは東日本の震災でDMAT活動の経験があることから自信を持って活動していました。看護師は今回、経験者と未経験者の組み合わせとなっており、その理由が身にしみて理解できました。特に本部活動は、ただ派遣に行きたい!という気持ちだけでは無理だと実感し、また本部で活動する責任も感じました。川瀬先生と鎌本さんのおかげで徐々にHEMCチーム全員が本部の中に入り込んで活動できました。チーム管理・資器材管理は、現場(被災した現場や病院)などからの依頼:病院避難で患者搬送したいから○チーム出してほしい、人員が確保できないので日勤夜勤をしてほしい、○チーム欲しいなどを医師と見ながら(ヘリ活動が出来る、統括DMATを持っている医師がいる、搬送車両をもっているなど)、登録しているDMATチームを振り分ける部門でした。私達が本部に入った時点で参集チーム数がどんどんふくれあがり140チームを超え、まだ活動をしていないチームも結構ありました。そのなかで1回も活動していないチームを出来るだけ選ぶようにしたり、またチームの力量などに合わせ活動内容を選ぶ、など本当に大変な部門でした。

その中でびっくりしたのは、「私達全然活動してないので、もっとしっかり活動できる内容の仕事をふってほしい」「○○病院にいきたい」「さっきした活動は全然だったので、ちゃんとした活動のあるものをふってほしい」など自分たちのことしか考えずにやりたいことだけ要求してくるチームが何チームかあったことです。このようなチームが現場に勝手にいくことは、被災者や病院にとって1番迷惑だと思いました。そのようなチームも含めて、全体をまとめて、スムーズに支援が出来るようにするために本部活動は必要でとても重要だと実感しました。

1日目はかなり夜遅くまで残り、宿泊所に帰ってベッドに入ったのが2時過ぎ、起床時間は4時でした。道路はかなりの渋滞で移動に時間がかかりました。2日目の本部活動は前日の反省をふまえて活動内容を修正し前日より混乱も少なくチーム管理・資器材管理できたと思います。またそれを次のチームにスムーズに引き継ぐこともできました。

今回本部活動をさせてもらい、実際被災者と顔を合わせることもなく、本当に役にたっているのか、少し心配になりました。私の実家は長田で、阪神淡路大震災で被災しました。大きなタンスの下敷きになり少し明るくなってから父に助け出されました。家は半壊、避難所にも少しだけ行きましたし、炊き出しやパンの配給にも並びました。お風呂にも入れず銭湯にも1時間以上並んだこともあります。ちょうど高校卒業の年で(年齢がバレますが・・・)した。学校も少し休みましたし、受験も友人の家に泊まらせてもらい、そこから受験会場に行ったこともありました。親戚や学校の先生が、徒歩やバイクなどで家まできてくれ暖かい食べ物や飲み物を持ってきてくれた時にはとても感謝したのを覚えています。被災した経験から、いつか何か力になりたいとは思ってはいましたが、派遣といえば日赤の活動のような救護班をイメージしていました。しかし逆に本部活動をすることで、被災地で医療チームが活動するには本部活動がなくてはならないことを身に染みて知る事ができました。特に災害医療センターはその役割を担わないといけない病院なんだと実感しました。

このような経験ができたのも、快く送りだしてくれ、活動中病院に残って勤務してくれたスタッフみんなのおかげです。今回は本当にありがとうございました。この経験を活かし、またみんなに少しでも還元できれば、と思います。

被災地、被災者はまだまだ余震も続き、大変な生活をされていると思われます。時間はかかるとは思いますが出来るだけ早い復興を願い、心からお見舞い申し上げます。