センター紹介

名誉院長・顧問挨拶

兵庫県災害医療センター 名誉院長・顧問 中山 伸一

 1995年1月17日。突然、兵庫県、神戸市、そして淡路島を襲った阪神・淡路大震災・・・
災害時に「命の砦」となるべき医療機関は、建物も被害を受け、ライフラインも遮断され、そこで働くべき職員も被災するという満身創痍の状況下、私たち医療人は命を救うべく懸命に頑張りました。しかし、どこで何がどう起こっているのかもお互い掴めないまま、それぞれが鼓舞奮闘する中、後で振り返ると反省と後悔ばかりが残ったのです。ぶっつけ本番では、救えない命があったのです。「災害は必ず起こる!」という事実に目を背け、医療分野において全く備えをしていなかったツケとも言えます。

 そんな経験から「災害時対応のための医療の司令塔となる医療機関が必要である!」との提言が発出されました。しかし、そのような医療施設は世界中探してもどこにもありません。それを具現化するにはどのような医療施設を作るべきなのか、を被災を経験した兵庫県では関係者が議論を重ねたのです。そしてその実現には、平時には救命・救急医療を行うというコンセプトのもと、2003年8月、兵庫県災害医療センターは、神戸赤十字病院を後方支援病院と位置付けて、平時救命・救急医療を担う三次救急医療機関として、そして実災害時対応はもちろんのこと、普段から災害医療に備えるための医療・教育・政策にも貢献する施設として誕生しました。その後も不幸な災害が多発する昨今、立ち上げ以来試行錯誤しながら、日本、いや世界でも類を見ない稀有な施設として生長してきたといえます。

 あらゆる組織は、その設立に至った使命を全うした時点で解散・消滅すべきなのでしょうが、残念ながらこのセンターの役割は必要なくなるどころか、以前にも増して大きくなってきたようです。阪神・淡路大震災以降、そして当センターの立ち上げから2022年3月まで責任者を務めた経験を活かしながら、それを引き継ぐ後進へのアドバイザーとして頑張る所存です。私と同じ後悔をさせないために。そして、センター立ち上げ時から様々なサポート・応援をいただいた方々への恩返しとして、そしてあのとき救えなかった命への罪ほろぼしとして・・・


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