イランバム地震

イランバム地震
(イラン南東部地震救援医療チーム活動報告)

鵜飼 卓(センター顧問)

はじめに

2003年12月26日、イラン南東部の都市バムを中心にM6.5の地震が発生した。外務省と国際協力機構(JICA)は27日早朝に国際緊急援助隊医療チーム(JMTDR)派遣を決定、第一陣5名を同日派遣、第二陣18名は29日から2週間にわたって派遣された。

地震災害の概況

被災地は砂漠のオアシス都市で、周辺人口12万人(市内9.7万人)、主産業はナツメヤシ生産である。住居は日干しレンガを泥で固めたもので大きな建築物も鉄筋はわずかであり、多数の建物が全壊した。崩壊建造物の下敷きになった場合は土砂で呼吸できず死亡したと思われる。1月5日時点で既に28700体が埋葬され、以後死者総数4万人、負傷者数は3万人とも1万6千人とも言われている。現地では3病院(計255床)、保健所23か所、簡易保健95か所が全壊または半壊し、約12000人の負傷者はイラン各地に分散搬送された。

イラン政府と国際機関の対応

イラン政府の救援要請に応じ、フランス、スイス、トルコ、ドイツ、中国、韓国、日本などの救助隊が続々と現地に到着した。
国連人道問題調整事務所(UNOCHA)も現地活動調整本部(On Site Operation Coordination Center:OSOCC)を立ち上げ、各国の救援チームの活動の調整を行った。

JMTDRの活動

第一陣の一部は震災翌々日に被災地バムに到着、OSOCCや現地保健省と接触して、診療場所選定や、被害状況、医療ニーズ、各国の医療チーム活動状況などの把握に努めた。第二陣は12月31日に現地入りし、機材到着までに活動地決定や被災地状況視察、医療活動計画策定などを行った。7名の通訳はテヘランの日本大使館から手配してテヘランで雇い、車両も大使館を通じてトラック2台、バス1台、ランドクルーザーなど3台を準備した。

活動サイトは他の医療チームとの重複を避け、また安全性、水とトイレの確保などの点から、市内西部の専門学校敷地を借用した。

テヘランから陸送した約4トンの携行資機材は24時間後到着予定が大幅に遅れ、結局53時間後に到着した。この間トラックと連絡がつかず医療チームも動きが取れなかった。到着と同時に全員でテント設営を開始、診療テントのほか、受付用、薬局用、処置用、機材用(2張り)、IT/通信用、休息用(食事用2張り)の計9張りを設営し1月1日午後2時から診療を始めた。

診療は男女別で通常2~3か所(最大4か所)で行い、7日間で1051人を診療した。内訳は上気道炎患者さまが約3分の1、次いで腰痛や関節痛、筋肉痛の患者さまが多かった。また家族を失った悲嘆を訴える患者、頭痛・めまい・不眠・不安・フラッシュバックなどを訴える心のケアが必要な患者さまが目立った。

諸外国の医療チーム活動状況

JMTDR以外にベルギー、イタリア、フランス、モロッコ、日本赤十字、ハンガリー、ヨルダン、ウクライナ、アメリカ、トルコ、国際赤十字連盟(ノルウェイ、フィンランド)などが来援した。ウクライナとヨルダンは、いずれも手術室・X線検査・臨床検査設備と各々40床と25床の病床を運用し、しかもウクライナは24時間診療であった。これらの国々がこれほどの大型医療チームを送り出す能力を持つに至っていることは今後のJMTDRのあり方を考える上できわめて重要である。

また、諸外国の医療チームはすばやく現地入りし、沈静化すればすばやく被災国の医療チームに業務を移管して撤収していた。

ウクライナ医療チーム

ウクライナ医療チーム

今回の活動で得た教訓

  • 震災直後から航空機等での全国への負傷者の分散搬送が行われた。機能を失った市内の病院や患者さまがあふれかえった周辺病院に負傷者を留めなかったことは大いに学ぶべきである。
  • すばやく国際社会に救援を要請し、諸外国ことに敵国視されているアメリカからさえもレスキューや医療チームを受け入れ、その調整の努力をしたことも高く評価される。
  • 被災地域を12(のち14)ゾーンに分割し、その地域の保健衛生・生活支援などを近隣諸州に分担させるという行政手法が注目された。担当州によってサービスの差があるかもしれないが、被災現地行政の能力を超えたサービスを必要とする時期にこのような方法で社会の安定を図ったことは優れたアイデアであろう。支援団体も交渉相手が定まって活動しやすい利点があった。
  • アメリカを例にとると、医師7名・看護師13名に対して、総勢200名という大型のチームが派遣された。大半はロジスティック・アドミニストレーション担当である。このようにロジスティック能力が緊急援助の成否の鍵を握る。JMTDRも今回の派遣では格段にロジスティック能力が高まり、医療スタッフはほとんど医療活動に専念できた。またITの進歩により、衛星携帯電話(イリジウム)やインマルサットで活動サイトから日本に容易に通信ができ、インターネットで情報を獲得したりEメールで通信ができたことも、従来とは比較にならない進歩であった。
  • 諸外国チームの行動の迅速さには目を見張るものがある。チームが到着した時期はJMTDRとほぼ同じでも、すばやくサイトを決めて診療活動を開始し、さらに事態が沈静傾向を示せば即刻撤収していた。

今後の災害時国際緊急援助課題

大型チームの派遣

日本の近隣諸国での大型災害発生で日本が従来規模のチームしか派遣できないと、国際的にも国内的にも人的国際貢献の質が問われることになるであろう。日本が得意とする臨床検査や画像診断検査などの充実や外科手術、小児科、産婦人科などを含む総合的なチーム編成を考慮するべきである。

輸送力

従来から問題になっているのが輸送力である。今回も陸送した機材の到着まで50時間以上を要しこの間時間を浪費した。迅速に緊急援助隊と物資を輸送する手段を検討する必要がある。

国内災害時の救助

JMTDRは日本国内の災害での活動は行っていないが、現時点でJMTDRほど緊急災害対応の準備がある医療救援組織は国内に他にはない。ボランティアベースの救急医学専門家や災害出動経験者を豊富に有し、研究・訓練が行き届き、資機材もよく整備され、ロジスティック能力が優れていることから、JMTDRは国内災害でも最も有力な救援医療チームと言える。